「その人の普通」を知ることから―母子生活支援施設「カサ・デ・サンタマリア」の実践―
- 分野 こども /
- エリア横浜 /
- 推進主体 学生 /
神奈川県社会福祉協議会では、令和8年度から社会福祉士のソーシャルワーク実習の受入れを始めました。
実習プログラムの一環として、社会福祉法人・施設等の皆様にご協力いただき、福祉サービスを利用する方の生活課題、そこで行われるケア・支援の実践知、サービス提供基盤をより良くするために必要な支援などについてヒアリングを行いました。
今回、実習生が作成したヒアリングレポートをお届けします。ご協力いただきました皆様、ありがとうございました。
母子生活支援施設とは、さまざまな事情を抱える母子が一緒に生活しながら、生活や子育てなどについて支援を受けることができる施設です。「親子」で入所できる唯一の施設であることから、親子にとっての「最後の砦」と呼ばれることもあります。
しかし、その存在や役割は、まだ十分に知られているとはいえません。令和3年時点で、全国の母子世帯は約119.5万世帯になりますが、その中で母子生活支援施設を利用している世帯数は、約3000世帯と全体の1%にも満たないのです。
「できない」には理由がある
「お母さん方の、今まで生きてきた背景・文化を尊敬しています。」そう話す施設長の篠原さんが大切にしていることは、目の前にある行動だけを見るのではなく、その人がこれまでどのような環境で生きてきたのか、そして、その生活の中で身についた「当たり前」について知ることです。
例えば、部屋の片付けやごみ箱の使い方が分からない利用者がいたとしても、単に「片付けができない人」と捉えるのではなく、「これまで教えてもらう機会がなかったのではないか」と考えます。散らかった状態が、本人にとっての「普通」だった可能性もあります。
「汚いから掃除をしなければならない」と支援者の価値観を押しつけるのではなく、これまでの生活や文化を理解し、一人ひとりにとっての「当たり前」を尊重することが、その人に合った支援につながります。
「できない」と言えることも自立
施設で過ごす中で目指しているのは、「できないことを『できない』と言えるようになること」です。
困ったときに誰かに助けを求めることができれば、必要な支援につながることができます。これは、施設を退所した後の生活を送るうえでも大切な、自立に向けた一歩です。
自立支援計画を立てる際にも、支援者が一方的に目標を決めるのではなく、本人と一緒に「今、自分はどこにいるのか」「どこへ行きたいのか」を考えることを大切にしています。
「北に行きたい」という目標ではなく、「北海道の○○に行きたい」と具体的に考える。現在地と目指す場所を明確にすることで、そこへ向かうために必要な支援も見えてきます。
経験が「選ぶ力」を育てる
子どもへの支援では、年間行事などを通して、さまざまな経験や機会を積み重ねることも大切にしています。
篠原さんが以前、児童養護施設で働いていた際、子どもたちを連れて行ったレストランで「好きなものを頼んでいい」と伝えたところ、メニューの見方や注文方法が分からず、その場にいた子どもたち全員が注文できなかったそうです。
「できない」背景には、これまで経験する機会がなかったことも大きく影響します。
知ること、触れること、経験すること。その積み重ねが、自分で考え、選択する力につながります。
知ってもらうことも支援の一つ
母子生活支援施設には、利用者の安全やプライバシーを守るための「秘匿性」という特徴があります。一方で、施設の役割を社会に知ってもらうことも必要です。
施設では、民生委員や児童委員、小・中学校の教員を対象とした説明会を行うなど、施設について知ってもらうための取り組みを進めています。
その背景には、「問題行動のある子」「困った家庭」と一括りにするのではなく、その背景にある生活や環境にも目を向けてほしいという思いがあります。
しかし、施設を知ってもらうことと、利用者のプライバシーを守ることは、簡単に両立できるものではありません。「地域に開くこと」と「利用者を守ること」。その間には、慎重なバランスが求められています。
親子が離れずに支援を受けるために
母子生活支援施設のもう一つの特徴は、親子が一緒に生活しながら支援を受けられることです。
この特徴を生かし、児童虐待への対応において、一時保護の後に家庭へ戻るか、親子を分離するかという二つの選択肢だけではなく、「母子生活支援施設」が第三の選択肢として定着することを篠原さんは理想としています。
また、施設では空いている部屋を活用し、期間を限定した「お試し利用」についても検討しています。施設の雰囲気や周辺の環境を知る機会をつくることで、いきなり入所することへの不安を減らすことがねらいです。この取り組みについては横浜市にも提案しており、現在も実現に向けた調整が続いています。
切れても、結び直せる
最後に、篠原さんは、「存在と行為を分ける」という考え方について話されました。
例えば、母親が子どもをたたくという行為があったとしても、「あの人は悪い母親だ」と、その人自身を否定するのではなく、「たたくという行為がいけない」と捉える。
また、挨拶をして無視されたとしても、「こちらも無視しよう」となるのではなく、変わらず挨拶を続ける。
この考え方を、篠原さんは「切れても、結び直せるロープ」に例えます。
「一度切れてしまった関係でも、結び直すことができる。結び直すことを重ねることで、少しずつ距離を縮めていくことができると思うんです」と話す篠原さん。
一人ひとりが歩んできた背景を知り、その人に合った支援を考える。そして、必要なときに誰かに助けを求められる環境をつくる。
「最後の砦」として親子を支える母子生活支援施設。その役割を地域で共有し、親子が地域の中で安心して生活するための選択肢を広げていくことが、これからの支援につながっていきます。
